☆重くて深い…映画 『沈黙ーサイレンスー』

重くて深く、見終ってから、人間とは…?と考え込んでしまう映画でした。
現在の世界を覆う、排他的な空気にも通じるものを感じました。

☆『沈黙ーサイレンスー』 (2017年公開・米) 1/22観賞

   監督:マーティン・スコセッシ   原作:遠藤周作
   主演:アンドリュー・ガーフィールド、リーアム・ニーソン、アダム・ドライバー
      窪塚洋介、塚本晋也、浅野忠信、イッセー尾形、小松菜奈、笈田ヨシ 他


  『江戸初期、キリシタン弾圧下の長崎ー
   棄教したとされる師を追って日本にたどり着いた若き宣教師。
   激しい弾圧で消えていく命を目の当たりにし、信念が揺らぐ。
   なぜ弱き我らが苦しむのかー』            (チラシより)


原作は、遠藤周作の小説「沈黙」です。スコセッシ監督が28年もの間温めて続けて
きて映画化されたそうです。キリシタン弾圧下の日本で、生涯苦悩し続ける宣教師
の話です。私には特定の宗教を信じ、祈るという事は理解しがたいことです。
ましてや、拷問の末に命を奪われるとわかっていながら貫く信念とは…。
でもこの映画は、宗教を越えた人間社会の縮図を描いているように思えました。

貧困にあえぐ民の苦しみの心の支え、心の救済になったのがキリスト教だった
のでしょうか。死をも恐れぬほどの強い思いは、死の向こうには平穏があると
信じるからなのでしょうか。

目を覆うような凄まじい拷問を加えてまでの弾圧は、自分たちの社会(日本)が、
異質なものに侵略されるのではないかという畏れやおびえだったのでしょうか?

遠い異国の地にまで布教に訪れる宣教師たちの強い信念のなかに、自分たちの
教えこそ正義であるというおごりのような気持ちはなかったのでしょうか?

キチジロウ(窪塚洋介)という男が出てきます。信仰心がありながら、踏み絵を
出されれば踏み、命惜しさに裏切りもする。しかし一方で、この弱い自分でも神の
救いはあるのだろうかと宣教師にすがりつくように問いかける。
この弱さの象徴のような男こそ、私たちの姿そのものなのだ思いました。
私なんか痛い目にあわされたらすぐに“転ぶ(転向)”ことでしょう。
信者たちの苦しむ姿を目の当たりにして、ついに宣教師ロドリゴも…。
でも、心の中までは誰も変えることはできない。

お互いの価値観を認めようとしない排他的な空気に覆われつつある現在の状況に
問いかけるような映画でした。人類永遠のテーマなのでしょうか。
日米の俳優さん達の熱演が素晴らしく、重~い画面の中に、ちらりと片桐はいりさん
の姿が見えたときは、なんだかほっとしました。

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Re: No title

ねこ眠りさん、いつもありがとうございます。

遠藤周作さんの思い、スコセッシ監督の思いが込められた作品でした。
でも出来上がった映画をどのように見るかはすべて観客にゆだねられて
いるのだと思います。映画のシーンを思い出すたびに、あらためて色々
と考えさせられています。

人間ってとても弱いものなのでしょうね。強い人間なんていないだろうな。
弱いからこそ宗教がうまれ、また弱いからこそおそれて暴力に走る。
弱いからこそ助け合ったり力を合わせたり、また弱いからこそ不安で
無理やり同じ色に染めようとしたり支配しようとしたり…するのかな?

何が正しくて何が正しくないかなんてきっと誰にもわからないことでしょうね。
時代によっても価値観が違うし、同じものを見ても人によって感じ方はそれぞれだし。
宗教にしても、たとえ同じ宗教だとしてもその人その人で思いが違うでしょうしね。

大切なのは、みんな違うってことを認め合う事じゃないのかな~って思います。
日本の中に日本が好きな人も嫌いな人もいていいし、アメリカだって、アメリカが
好きな人嫌いな人両方いるのが当たり前だよね。いろんな人がいるからこの世は
面白い!全くねこ眠りさんのコメントのお返事になってないですね~。
ごめんなさ~い(^-^;

No title

こんにちは
映画の予告編を観ただけなのですが・・
「人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです」
の言葉に ジーンと考えさせられました。

神様は 現状を救ってくれるのではなくて 現実に苦しむ心を
救って下さるものなのかなぁ・・と思っていたのですが・・ 心が
苦しみながら なおも (信心)とは、我が子や親への愛と同じほどに
命がけで 守ろうとできるものなのかなぁ・・と考えました。
どうしたら 信じ続けることができるのか・・ そして 救われるのか・・
・・ 知りたいと思っています。

人の心まで支配したいと思う 人間の欲深さと不寛容さが 今も
世界で戦火を燃やし続けているのかなぁ・・と思いました。
人間はこんなにも哀しいのに・・です(*^-^*)

Re: 遠藤周作さん

りんごかあさん、コメントありがとうございます。

映画のいろいろなシーンを思い出しながらブログを書いたからか、翌日の
明け方悪夢を見てしまい、あわやというところで、もしかしてこれは夢かも
しれないと気づいて目が覚め、生還できました。あせりました~。

私もいつ頃だったかテレビでキリシタン弾圧の映画を観たことがあります。
今考えると、篠田正浩監督の『沈黙』だったのかな?りんごかあさんと同じ
映画だったかも。原作も読んでみたい気持ちもありますが、映画のシーンと
だぶって余計に勇気がいりそうです。

映画を観終わった後は、あまりにも重たいシーンの連続に圧倒されて何も
考えられなかったのですが、しばらくしてから、とても深いテーマを持った
映画なのだときづきました。宣教師のロドリゴが生涯苦悩し続ける姿、
何度も裏切りながらもキリスト教徒でいたいと願い自分の弱い心に苦悩する
キチジロウ。それは遠藤周作さんの苦悩でもあったのですね。

宗教のことはよくわかりませんが、どんな宗教も人が作ったものなのだから、
素晴らしい部分もあれば矛盾した部分もあるのではないのか。本来“神”は
それぞれの心の中に存在するものなのに、それをそれぞれ別の神がいると
錯覚してしまったところから争いが起きるのではないのか。
宗教が欲を持った人間に利用されてしまうのはなぜなのか。
いいろいろ考えてしまいました。

それぞれ異なる宗教や価値観、りんごかあさんがおっしゃるように、
縛ることも弾圧することも差別することも決してあってはならないですね。
お互いに理解し尊重し合うことの大切さが今まさに問われています。
あたり前のことのように思うのに、大変難しいことなのですね

遠藤周作さん

お久しぶりです。
もうご覧になったんですね、「沈黙」。

私は見る勇気がありません。原作を読んだだけで震え上がっちゃった小心者ですから(汗)。

高校生くらいだったか、テレビで日本映画の「沈黙」を見たときにも、ホラー映画を見たとき同様、夜眠れなくなりましたしねぇ(苦笑)。

読書家のくまねこくんさんもご存知かもしれませんが、遠藤周作さんは亡くなるまでずっと、ご自分のキリスト教徒としての世界観や宗教観について悩まれておられたそうで、私は、読んだ当初はキリスト教弾圧の史実を浮き彫りにされた恐ろしさしか感じられなかったのですが、その後いくつか他の作品を読み進むと、「沈黙」はそのものズバリ、ずっと悩み続けるキリシタンや宣教師の姿に、遠藤周作さんご自身の心が反映されていたのであろうことも解りました。

それにしても、宗教と言うものは極々個人的なものですから、一つの国の方針として、国民を宗教の掟で縛ることも、他宗教にたいして弾圧を加えることも、どの時代においてもあってはならないことだと痛切に感じます。
民主主義を謳う国家なら、なおさらのことです。
宗教による差別は、決して許されてはいけませんね。
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