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恒例、父との一泊旅行 2日目 ~夢二の生家・牛窓~

台風8号、各地で大雨。皆さんのところは大丈夫でしょうか?
これからの進路が気になります。

5月の旅行記の続きです。
5月17日、旅行2日目。
宿(赤穂)の窓から日の出がみれました! 日の出前の朝焼けです。
播磨灘の朝焼け














この日は、岡山ブルーライン(自動車専用道路、無料)を通って、
竹久夢二の生家や牛窓を訪れました。

途中、ブルーライン沿いにある道の駅「黒井山グリーンパーク」に寄りました。
道の駅は、その土地の野菜や果物、手作り食品など新鮮なものがいろいろ
あって見てるだけでも楽しいですね。買い物好きの父は、さっそくトマトや
レタス、安かったからと魚のスズキまで買い込みました。

夢二の生家は瀬戸内市邑久町ののどかなところにあります。 
16歳まで過ごした茅葺きの家がそのまま保存されていて、中にも入れます。
作品の展示もあり、夢二の部屋もそのまま残っていました。この小窓から
外を眺めていたのかなぁと想像がふくらみます。
いままでは特に関心はなかったのですが、GWに上野公園近くの夢二美術館で
いろいろな作品にふれ、抒情画だけではない多才な才能にとても惹かれました。
また、母の故郷と同じ岡山生まれと知り、生家を訪ねたりして、今までは遠い
存在だったのがとても身近なひとに感じられました。
(入館料、少年山荘と共通で500円)
竹久夢二 生家













生家の近くの小公園には、住居兼アトリエだった『少年山荘』があります。
大正13年、夢二自らが設計して、東京府下松沢村松原(現世田谷区松原)に
アトリエを建てました。そこでは息子さんたちも一緒に暮らし、来客も絶えな
かったようです。昭和59年に、夢二生誕95年を記念して、次男の不二彦氏の
協力を得てこの地に復元されました。
「山静かにして太古に似たり。日の長きこと少年の如し」(唐庚の詩「酔眠」)
から、少年の日のように春の長い一日を過ごしたい、との願いを込めて
『少年山荘』と自ら名付けたそうです。 (パンフより)
こちらも中に入ることができます。生前の写真などがいろいろ展示してあり、
かつてこのアトリエで暮らしていたころの息吹きが感じられます。
木々に囲まれた洋風のおしゃれな建物。こんなところに住んでみたいな~♪
少年山荘













竹久夢二(本名、茂次郎)。明治17年ー昭和9年(享年50歳)。
岡山市内には夢二郷土美術館本館があるそうなので、そちらも行ってみたいですね。

そのあとは、牛窓のオリーブ園の展望台から瀬戸内海を眺めて帰りました。
瀬戸内海は見慣れていますが、いつみても穏やかでのどかな気持ちになります。
実家に一泊。夕食は道の駅で買ったスズキづくし。父と兄でわいわいとさばいて
いました。また来年も、父が元気でいてくれてこうやって旅行に行けるといいなぁ。

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恒例、父との一泊旅行 1日目 ~龍野・赤穂~

毎年、5月か6月には父と一泊旅行に行きます。
兄も私も神奈川在住なので、以前は父がこちらへ出てきて旅行に行っていましたが、
高齢になってきたので(90歳)、ここ数年は兄と私が帰省して一泊旅行をしています。

今年も5月16、17日と行ってきました。早朝の新幹線(一日1本だけ小田原に止まる
広島行きのひかりがあります)に乗って、尾道に10時半ごろ着きました。
父が乗ってきた軽自動車で、運転手を兄と交代して出発!

今夜の宿は、兵庫県の赤穂。旅行好きの父は中国・四国地方は行き尽くしています。
今回もかつて行ったところ。歳をとると、行ったことのある場所のほうが安心のようで、
また私たちに物知りげに説明したり、以前はこうだったなどと話すのが嬉しいようです。
親子三人の気まま旅なので、車を走らせながら行先を決めました。
まずは兵庫県の『龍野城』
龍野城













  この城は、中世に赤松村秀によって築かれたと伝えられています。赤松氏は
  4代続きますが、1577年秀吉の軍に戦わずして城を明け渡します。
  その後城主の変遷があったのち、1672年脇坂安政が信州飯田より入部します。
  その時には城も侍屋敷も壊された状態でしたが、1年余りで城を再建しました。
  以来明治まで10代200年間龍野を治めました。
  明治4(1871)年の廃藩置県により競売によって城は取り壊され、裁判所や
  女学校が建てられました。昭和50(1975)年になって、5年をかけて現在残る
  絵図を参考に木造、土壁で再建されます。(たつの市パンフより)


ベンチに座って休んでいると、松の木を剪定していた男性が話しかけてこられました。
お一人でお城周辺の手入れや整備をされているそうで、きっと毎日丁寧なお仕事を
されているのでしょう。木々も散策路も手入れが行き届いて気持ちのよい場所でした。
近くの龍野公園には龍野生まれの三木露風の童謡歌碑や三木清の哲学碑があります。
また、ヒガシマル醤油の町でもあります。城下町の風情の残る落ち着いた街並み。
時間があったらゆっくり散策をしたかったです。いつかまた。
龍野城庭














次に行った赤穂には大石神社と赤穂城があります。大石神社にちょこっと寄りました。
赤穂浪士の四十七士の大きな石像がずらりと並んでいました。
夕方になったので宿泊先 『かんぽの宿 赤穂』へ。
どの部屋からも瀬戸内海(播磨灘)が一望でき、お風呂(天然温泉)もゆったりとして
気持ちよかったです。寝不足なので、あっという間に夢の中へ。
赤穂 窓から













つづく…

父との旅行

5月11日~12日、父、兄、私の三人で毎年恒例の一泊旅行をしました。
今年は、高知県にある日本一の清流(2010年)、仁淀川に行きました。


朝3時半に起きて始発の電車に乗り、新幹線、在来線を乗り継いで尾道へ。
10時過ぎ、車でやってきた父と合流。兄の運転でさあ出発!(軽なのでトコトコ)

瀬戸大橋を渡り、高松自動車道、高知自動車道を使うとあっという間に高知なんですね。
道もすいていたし、SAで讃岐うどんを食べたりしても14時半頃には着きました。

桂浜の高台に建つ、ブーツを履いた坂本龍馬像(昭和3年建立)。
龍馬と一緒に太平洋を眺めながらしばし幕末にタイムスリップ。

120511_1509~01

















拝観時間ぎりぎりになり、ハァハァ息切れしながら階段を上って高知城見学。
あたり前だけど、お城はどこも高いところにありますねぇ。
関ヶ原の戦の功績により、山内一豊が建てた城です。
一度焼失したそうですが、再建した江戸時代のまま残っており、風格がありました。
父にはちょっとしんどいので「お前ら行って来い!」と下で待っててくれました。


120511_1653~02


















今夜の宿は、仁淀川の端に建つ『かんぽの宿 伊野』
部屋の窓から川の景色がきれいに見えました。
鉄橋をゴトゴト電車が走っていました。
温泉に入り、ご馳走食べて、極楽々々♪

120511_1752~01


















翌日は、高知の大豊にある日本一の大杉(樹齢三千年だそう)を見物したあと、
徳島の奥にある”祖谷のかずら橋”に行きました。
平家一族が追っ手から逃れるために、いつでも切り離せるようにと
シラクカズラという植物で造ったといわれています。

太いかずらで造った吊り橋、足がはまるほどの隙間があり、
しがみつきながらおっかなびっくりで渡りました。
高齢の父がひょいひょいと渡ったのにはびっくり!
炭火で焼いた、”あめご(あまご)の塩焼き”と
”でこまわし(田楽)”に舌鼓を打った後、帰路へ。


120512_1207~03



















帰りは、松山自動車道経由でしまなみ海道を通って実家へ。
親子三人お気楽旅行でした。あと何年行けるかなぁ。

実家にはひと晩泊っただけ。父の手伝いが何も出来なかったのが、
ちょっと心残り。またあらためて帰省します。
14日にめでたく88歳になりました。元気でいてくれてホント嬉しいです。

※初めて画像を入れて見ました。オンボロ携帯の画像なのでイマイチですが。
 長々の文章を読んで戴いた方ありがとうございました。<(_ _)>

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